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横浜地方裁判所 昭和53年(行ウ)21号 判決 1980年7月16日

原告 新村秀雄

<ほか八名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 大倉忠夫

小林章一

山内道生

乾俊彦

根岸義道

被告 横須賀市長 横山和夫

右訴訟代理人弁護士 中山明司

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、別紙工事目録記載の工事代金につき、昭和五二年五月三一日現在において、支払債務がないのに、あたかも支払債務が既に存在し、右工事代金合計金八二七三万七九〇六円を支払ったかのように虚構し、地方自治法に定めのない右金額相当の横須賀市収入役石田由松名義の預金債権を作出し、もって、横須賀市の財産管理を怠ったことは違法であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の申立

主文同旨

2  本案の答弁

(一) 原告らの請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、いずれも神奈川県横須賀市の住民である。

2  訴外横須賀市が、昭和五一年度に発注した別紙工事目録記載の建設工事二件は、いずれも同市において請負業者との間で工期を昭和五二年三月三〇日までと契約したにもかかわらず、実際に竣工したのは別紙工事目録(一)は同年一一月四日、同目録(二)は同年九月二〇日であった。

しかるに、被告は、本件工事に係る工事代金の支払につき、昭和五三年五月末日までに、本件請負報酬金の支払期限が到来していないのに、本件工事が竣工し既に支払期限が到来したかの如く虚構して、地方自治法(以下単に「法」という。)第二一三条又は第二二〇条に定められた明許繰越、事故繰越等の正当な手続を経由することなく、市の収入役に対して支出を命令し、収入役が支出した公金八二七三万七九〇六円を右収入役をして横須賀市収入役石田由松名義の訴外駿河銀行横須賀支店の普通預金口座(口座番号二〇一―〇〇一、以下本件預金口座という。)に入金させて、地方自治法に定めのない預金債権を作出した。

3  本件預金口座に入金された預金債権は、既に被告の支出命令によって支出されたものの預金であるから、地方自治法で定められた歳計現金の保管方法としての公金(地方自治法施行令第一六八条の六)にも該当せず、かつ、法第二四〇条第一項にいう地方公共団体の債権にも該当しない。けだし、地方自治法の会計監査や(法第二三三条第二項)市議会に対する決算報告(同条第三項)の対象にもならない、一切の公的な監視監督から解放された預金債権に外ならないからである。

しかしながら、これを実質的にみれば、横須賀市の有する預金債権であることは、市が前記駿河銀行に対し本件預金に係る金員の給付をいつでも求めうることからも明らかであるところ、地方公共団体の長は、その所有に係る財産の管理者である(法第一四九条六号)から、被告が本件預金債権の管理者にあたるといえる。従って、被告は違法な預金債権を作出し、法律上の拘束を受けない方法でこれを管理していたもので、横須賀市所有の財産の管理を違法に懈怠したものである。

4  原告らは、昭和五三年二月二七日、横須賀市監査委員に対し請求の趣旨1項の事実(以下本件懈怠事実という。)について、被告に是正勧告するよう監査請求した。

5  これに対し右監査委員は、法第二四二条第三項の規定による勧告は行わないこととし、右監査結果は、同日、原告らに通知された。

6  よって、原告らは被告に対し、本件懈怠事実の違法確認を求める。

二  被告の本案前の主張

1  訴の利益

本件預金債権は、昭和五二年九月二〇日、同年一一月一八日の二回にわけて預金全額が払戻されて同日解約され、元本分は本件工事請負業者に請負報酬代金として支払われ、利息分は横須賀市収入役口座に一般会計雑収入として入金処理されている。従って、仮に本件預金口座における預金債権の管理が違法であったとしても、その違法状態は右解約により消滅し、被告において右違法状態を除去する作為義務履行の余地はない。それ故、右違法状態の確認を求める本訴は、単に過去の事実関係の確認を求めるものであり、訴の利益を欠くから、不適法な訴として却下さるべきである。

2  監査請求の経由

(一) 原告らが横須賀市監査委員に対しなした監査請求は、

(1) 横須賀市長は昭和五一年度一般会計特別会計歳入歳出決算書のうち、約九〇件の決算虚偽記載部分を修正した上で横須賀市議会の再認定に付せ。

(2) 横須賀市収入役は右決算書の虚偽記載部分を修正して決算書を再調製せよ。との勧告をせよというものである。

(二) 右(1)の再認定に付すことおよび右(2)の再調製をすることの勧告を求める理由として、請求の趣旨記載の支出を含む本来明許繰越又は事故繰越をすべきであるのにこれをしないでした公金支出の違法を主張したにすぎないものである。

従って、原告らが本訴請求において違法確認を求める本件懈怠事実については、横須賀市監査委員の監査を経たものとはいえない。

よって、本訴請求は、不適法であり却下さるべきである。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1項は認める。

2  同2項は認める。

3  同3項のうち、本件預金債権が横須賀市の債権に属することは認めるが、その余は争う。

4  同4項は否認する。原告らが本件懈怠事実について監査請求を経ていないこと前記のとおりである。

5  同5項は認める。

四  被告の主張

法第二三八条は、同法にいう公有財産とは同条第一項一号ないし七号に掲げられたものをいうと定めているが、現金はこれに含まれていない。

現金については、法第二三五条ないし第二三五条の五までにその取扱を規定し、公有財産の取扱とは別個の規定を設けているのであるから、支払うべき現金を横須賀市収入役石田由松名義の普通預金として保管しても被告が財産管理を怠ったということはできない。

五  本案前の主張に対する原告らの反論

1  訴の利益

(一) 本件預金口座が解約されて預金は全額払戻され、元本分が本件工事請負業者に支払われ、利息分が横須賀市の雑収入として入金処理された事実は知らない。

(二) 仮に右事実が存するとしても、原告らは次の理由により確認の利益を有するといえる。

およそ確認の利益は、たとえ訴の対象が過去の事実関係に属するものであっても、これを確認することにより現在の法的地位の危険又は不安を除去できる場合には、これを肯定すべきこと民事訴訟法第二二五条に徴し明らかである。

しかして被告は、右公金支出行為はやむを得ない措置であったとし、これを違法であったとは認めていない。

仮にそうだとすると、次年度においても本件と同様な事態の生ずることは当然予想され、その場合市民として、違法な公金の支出の差止を求めることは(法第二四二条の二第一項一号)、市民が事前にこれを知ることは殆んど不可能であるから、事実上これをなし得ないことになり、さらに仮に本件と同じく法定外債権が作出されたとしても、銀行金利を市に納付すれば、被告に損害賠償を請求することも(同条同項四号)不可能となり、かくては違法であることが明白でありながら、市民はこれを拱手傍観しなければならないことに帰する。

しかしながら、違法な法定外財産を作出した場合には、例えば収入役個人が破産宣告を受けた場合、その預金債権が破産財団に属するか公金に属するかで争いの生ずることは必至であり、市長および収入役が同時死亡という事故に遭遇した場合に、その預金債権が何であるかを確定することも困難になり、さらに公的な監督を受けない関係上他に流用することも可能になり、はかり知れない危険を内包していると言わざるを得ない。

しかも、被告は期限が到来していないのに既に到来しているかの如く虚構したものであるから、工事請負人に対する工事遅滞による遅延損害金の請求も放棄したものと解されるのである。けだし、履行遅滞による遅延損害金の請求自体、被告が弁済期が到来したとしてなした公金支出命令と矛盾することになり、被告は市議会に対し弁明できない立場においこまれることになり、そのような請求権行使を被告に期待することは、到底不可能なことだからである。

以上のような危険は、本件訴訟によってすべて除去されること確実であるから、本件請求の訴の利益は肯定さるべきである。

2  監査請求の経由

(一) 原告らがなした監査請求の具体的内容は、「二被告の本案前の主張2項(一)」記載のとおりである。

(二) 原告らが住民監査請求の対象としたのは、被告が、工事代金支払について虚構の事実を創出し、収入役個人名義の預金を作出した事実についてである。そして、かかる違法な事実を前提として、被告ないし収入役に対し、決算書の再認定ないし再調製という具体的措置を講ずるよう求めたものである。

従って、原告らが住民監査請求においてその対象とした事実と本件訴訟において違法確認を求めている事実、即ち、工事代金の支払債務がないのに、支払ったかのように虚構し、収入役名義の預金を作出した事実は一致しているのである。

そもそも、住民訴訟は、監査委員の監査の当否を争ったり、監査委員の勧告又は措置自体を対象とする訴訟ではなく、監査請求に係る違法な行為又は怠る事実自体について訴をもって四種類の請求をなしうる訴訟なのである。

従って、住民訴訟において、監査請求を経由したか否かが問題とされ得るのは、監査請求において原告らが求めた勧告ないし措置の内容にあるのではなく、勧告ないし措置を求める前提となった事実、即ち、監査請求の対象とした事実(違法な行為又は怠る事実)の範囲と、住民訴訟において対象としている事実との同一性についてなのである。

そうだとすれば、原告らは、本件懈怠事実を対象として監査請求をなしたものであることは明らかであるから、この懈怠事実について違法確認を求めている本件訴は、当然に出訴の要件を具備しているといわなければならない。

第三証拠《省略》

理由

一  本案前の申立について

1  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

2  同3の事実のうち、本件預金債権が横須賀市の債権に属することは当事者間に争いがない。

3  被告の本案前の主張1(訴の利益)について判断する。

《証拠省略》を総合すると次の事実が認められる。

本件預金債権のうち、金五五五二万四五六六円は、昭和五二年九月二〇日払戻され、同日竣工した別紙工事目録(二)の請負報酬残代金として訴外日成工事株式会社に支払われ、これに対する銀行普通預金利子金三四万七五三円は、同年一〇月一日、横須賀市収入役口座に一般会計雑収入として入金処理された。そして、本件預金債権の残金二七二一万三三四〇円についても、同年一一月一八日全額払戻され、同年一一月四日に竣工した別紙工事目録(一)の請負報酬残代金として訴外相互建設工業株式会社に支払われ、これに対する銀行普通預金利子金二三万五二二六円は、同年一一月一八日、前同様一般会計雑収入として入金処理されて、本件預金口座は閉鎖された。

右認定に反する証拠はない。

4  被告の収入役名義による本件預金債権の作出及びこれによる市の財産の管理が適法であるか違法であるかは、しばらく措き、仮にこれが違法であるとしても、右認定事実によれば、本件預金債権は、本件工事の竣工に伴い右のように既に全額払戻され、元本分は右各工事代金の支払にあてられ、その余は市の一般会計雑収入に入金処理されたのであるから、原告らがその違法の確認を求める本件懈怠事実は、過去の事実関係であることが明らかである。

5  ところで、右のように原告らは、被告が本件預金債権を作出し、管理したことをもって、財産の管理を「怠った事実」としてその違法確認を求めるのであるが、法第二四二条の二第一項三号は違法確認の対象を「怠る事実」と規定しているのであるから、違法確認の対象に「怠った事実」も含まれると解するのは文理に沿わない。のみならず、右法条の立法趣旨は、地方公共団体の執行機関又は職員の職務懈怠の責任を追及することを目的としたものではなく、職務懈怠の違法を確認することによって、その違法状態を除去させ、もって地方公共団体の財務会計上の公益(住民の利益)を擁護することを目的としたものであるところ、執行機関又は職員に、過去の職務懈怠があったとしても、もはやその不作為の違法状態を除去するための作為義務を履行する余地がなくなった場合に、単に過去の職務懈怠の違法を確認しても右の目的を達することはできないのであるから、同条項にいう「怠る事実」には「怠った事実」も含まれると解することは相当ではない。

従って、原告らの本訴請求は右法条に該当せず、不適法な訴といわねばならない。

6  以上のとおりであるが、法第二四二条の二第一項三号の訴が、地方自治法の認める特殊な訴であることに鑑み、原告らの主張に則し、確認訴訟固有の性質機能の観点から考察を加えることとする。

確認訴訟において、一般に過去の法律関係について、その無効を確認する利益がないとされる所以は、確認の訴の対象が無限に広がり得るばかりでなく、現在の法律的紛争を解決するには現在の権利関係を明確にすることが最も直接的かつ有効なものだからである。従って、訴を提起する者において、その確認を求めることが現存する法律紛争につき直接かつ抜本的な解決のために最も適切かつ必要と認められる場合にのみ確認の利益が肯定されるのである。

7  これを本件においてみるに、原告らは、(一)本件懈怠事実の違法確認を求めることにより、被告において次年度以降本件懈怠事実と同様の地方自治法に定めない違法な会計事務処理がおこなわれる危険性を除去できるから確認の利益があると主張し、かような違法な法定外財産の管理を放置すれば、収入役個人が破産宣告を受けた場合収入役名義の預金債権の帰属につき紛争を生ずる、市長及び収入役が同時に死亡した場合預金債権が何であるかを確知しえなくなる、預金債権を他の使途に流用する可能性がある等の危険が存するとする。更に、(二)本件懈怠事実の違法確認を求めることにより、被告において工事請負人に対する工事遅滞による損害賠償請求権を放棄することの危険性が除去される等の利益及び必要があるから、確認の利益があると主張する。

しかしながら、(一)本件懈怠事実の違法確認を得ることと、将来発生するおそれのある地方自治法に違反する会計事務処理を防止することとは全く別個の性質のことであって、右違法確認を得たからといって、爾後の会計事務処理につき被告に対し何らの法的拘束力を生ずるものではなく(適法な会計事務処理は当然のことである。)、仮に将来の会計事務処理につき影響を及ぼすことがあるとしても、それは単なる事実上のものにすぎず、本件懈怠事実の確認により違法状態発生を未然に防止しうるものではない。

してみると、本件確認請求が、違法な会計事務処理の防止という現在の法律問題を直接かつ抜本的に解決する手段として最も適切有効なものであるとは到底解されない。

また、(二)本件確認の訴を認めることと本件工事請負人に対し工事遅滞による損害賠償請求権を行使することとも前同様全く別個の性質の事柄であり、被告が本件工事の代金支払期限の到来を虚構し、本件預金債権を作出した事実の違法確認を求めることによって、はじめて、被告において損害賠償請求権の行使が可能となるものではなく、右事実の違法確認が認められなかったとしても、これがため右請求権行使が妨げられるものでないこというまでもない(右請求権の行使は、本件懈怠事実の違法確認と関係なく横須賀市の市長たる被告において、又は、一定の要件のもとで市に代位して原告らにおいてなしうるものである。)。つまり、右工事遅延による損害賠償請求権の行使の能否が現在の法律問題になるわけではないから、本件違法確認請求が直接的かつ有効適切な解決手段となると解することはできない。

従って、原告らの右各主張も過去の事実関係の確認を求める理由とはならないこと明らかで、訴の利益がないというべきである。

8  よって、原告らの本訴請求は、形式的にも実質的にも不適法な訴であるといわねばならない。

二  以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は本案について判断するまでもなく不適法な訴としてこれを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九三条、第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川正澄 裁判官 三宅純一 清水節)

<以下省略>

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